一九九〇年代に入るころから、ギークたち、とりわけコンピューター・ギークたちは、この言葉を肯定的あるいは反抗的な意味で自称として積極的に使い始めた。現在では、ギークはむしろ尊称としてのひびきをもつようになり、最上級のギークを意味する「イーバーギーク(超ギーク)」などといった言葉さえ生まれている。ギークの定義については、1999年6月にカッツが、その著書の冒頭で「ギーク」を次のように定義している。
ギーク:新たな文化的エリートに属する人々。ポップカルチュアを好み、テクノロジーを肯定的に捉え。社会に不満を持つ。ほとんどのギークは、息苦しく無味乾燥な教育システムを軽蔑して来た。このシステムにおいては、彼らは常に、不快な社会的価値観、悪意ある同級生などに取り巻かれて来た。そこで彼らはこのシステムを超え、地球上で最も自由かつ創造的な文化――インターネットとWWW――を築こうとしている。今や彼らは、世界を動かすシステムを動かしている。 彼らは概して頭が良く、個性的である。そのためしばしば恨みを買ったり、孤独、疎外の状況に置かれる。仕事においても遊びにおいても、彼らが好むものに対して異常なまでにのめり込み、また社会のアウトサイダーとして、辛辣な、あるいは残酷な、研ぎ澄まされたユーモアを持つ。一般に権威に対しては懐疑的。今日においては、「ギーク・アセンション(ギークの成り上がり)」は、肯定的な、嫉妬の対象となる言葉でもある。 (一九九九年六月)コンピュータギークだけではなく、広い意味で使われるソーシャルギークという言葉も使われる場合がある。
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